2025年5月初旬、Met Galaにはじまり、洗練されたファッションに身を包んだニューヨーカーたちがまちを闊歩する。NYフリーズやTEFAF、INDEPENDENTやNADAなど、多くのアートフェアが集中して開催されるこのスペシャルウィークは、ここにいるだけで華やかでラグジュアリーな気分になる。
アートの鼓動が響くニューヨーク・チェルシー地区のChelsea Industrial,(535 W 28th Street)にて、2025年のFuture Fair が開催された。新進ギャラリーによる挑戦の場であると同時に、世界中から集まるキュレーター、コレクター、美術批評家が集うこのフェアは、今や次世代の国際コンテンポラリーアートシーンを形成する最重要拠点のひとつとされている。
Future Fairとは
Future Fairは2020年にスタートして以降、選考性、平等性、対話性を重視したキュレーション型フェアとして急成長を遂げてきた。単なる販売会場としてのアートフェアではなく、出展者間の協働を促す仕組みやコミュニティ主導の運営に基づいた選考基準により、今日のアートフェアシーンにおける注目すべきギャラリーが厳選され、すでに国際的評価と権威性すら帯びている。
2025年は世界各地から厳選された67ギャラリーが集結した。その中で日本から唯一選出されたのがGOCA(Gallery of Contemporary Art)by Gardeである。
GOCAの挑戦「Neo Japanese Pulse」
GOCAは、ニューヨークを拠点とし日本人およびアジアのアーティストに焦点を当て世界にその価値を届けるミッションを有したギャラリーである。今回のFuture Fairでは「Neo Japanese Pulse : Reimagining a Cultural Loop」をテーマに掲げ、川人綾(Aya Kawata)と奥田雄太(Yuta Okuda)の2名による二人展形式で参加した。
この展示が提起したのは、かつて19世紀後半にヨーロッパを席巻したジャポニスムの再解釈=「ネオジャポニズム」である。欧州からの関心として始まった日本文化の受容は、20世紀を通じアメリカへも流入した。ポストモダン以降は逆に西洋で培われた日本文化が新たなかたちとして日本へと流入してくるという循環的現象を生んだ。この文化のループのなかで、日本のあらゆる芸術表現は独自の「ガラパゴス的進化」を遂げたともいえる。
GOCAが掲げた「Neo Japanese Pulse」は、こうした歴史的軌跡を踏まえたうえで、現代日本のアーティストたちがどのように伝統と現代性を融合させ、新たな美的表現を立ち上げているのかを国際舞台に提示するものであった。
川人綾:脳科学と染織が交差する、繊細なグリッド
川人綾は、日本の伝統的な染織技術をバックグラウンドに持ちつつ、視覚的錯覚と神経科学的認知の融合を探求する作家である。神経科学者である父親の影響を受け、彼女の作品は視覚体験のなかに制御とズレの美を発明する。
抽象的なグリッド状の画面は、工芸的な手仕事と知的な構造が見事に溶け合い、鑑賞者に柔らかな眩暈と深い没入をもたらす。まさに錯視を中心にイリュージョニズムを展開してきた西洋のアートヒストリーに「科学と工芸の融合」という未開の領域で新しい芸術表現を生み出す存在だ。
奥田雄太:色彩の爆発と線の精緻が咲かせる花、感謝とともに
一方、奥田雄太は極彩色と緻密な描線で構築された独自の花を描くアーティストである。ロンドンでのファッションカルチャーと日本的感性を掛け合わせ、偶然と必然が交差する瞬間から生命の力強さと鮮烈な色彩感覚を掛け合わせ新たな美を創造する。
作品の背後には「感謝」「つながり」「生きる力」といった普遍的な感情があり、それを美と精神性の融合体として視覚化する点において、現代の花鳥画の革新とすらいえる挑戦を体現している。
国際会場の反応と今後の布石
GOCAブースには、幸いにもVIPプレビュー直後からNYにある主要美術館のキュレーター陣をはじめ、国内外のアートフェアおよび現代美術機関ディレクターから国際的な文化アドバイザーや外交官、領事館の文化部門責任者まで、さらには有力アートメディアの関係者や編集者、マーケットの業界関係者、そして当然コレクターやアートコレクション部門責任者などアート界の重鎮たちに訪れていただけた。
Future Fair 会場ではどのブースも常に人だかりができており、GOCA以外のブースにも多くの来場者が詰めかけ、会場全体が活気に包まれていた。ニューヨークやロサンゼルス拠点のギャラリーのみならずアジアやアフリカなどの展示作品の前も賑わいを見せ、熱心に作品を撮影し、ギャラリストと会話を交わす光景が随所に見られた。来場者の多くがコレクターやキュレーターであり、展示内容の興味や関心、フェア自体のキュレーションの質の高さを物語っていた。
川人の作品には「東洋的な繊細さと科学的思考の橋渡し」が、奥田の作品には「プリミティブな美への回帰と未来的な色彩感覚」が感じられるといったコメントが相次ぎ、販売・展示オファーも複数寄せられた。何よりも、GOCAの「文化を一方向に輸出するのではなく、各世界の豊かな循環のなかで再解釈を試みる」という展示コンセプトも、多様性を重視する今のアート界において高く評価された点が象徴的であった。
総括──再編成される「日本」
Future Fairは、もはや単なるアートフェアではない。国境や市場、文化の中心と周縁を再編成する知的実験場である。そこでGOCAが提示した「Neo Japanese Pulse」は、決して日本文化をそのまま誇示するものではなく、変容と循環のなかにある文化の新しい相貌を、世界の観客に紹介し、その内容と吟味を問うものであった。その端緒をチェルシーの一角から作れたことは幸いであり、われわれの大いなる航海がスタートしたと実感した。これからの国際アートシーンにおいて、日本の「次なる衝動」がどこへ向かうのか、今後もGOCAとして検討を重ねていきたい。
Future Fair 2025 概要
会期:2025年5月7日(水)(VIPプレビュー)~5月10日(土)
会場:Chelsea Industrial (535W 28th St, New York, NY 10001),
出展数:67ギャラリー
文=現地特派員 or Kenta Ichinose(GOCAキュレーター)