世界のリデザイン建築

2021年12月にベトナム国立ダナン大学(The  University of Da Nang)建築学部とGARDE共催で「伝統と未来/TRADITIONAL&FUTURE」と題した共催WEBセミナーを開催しました。セミナーでは日本とベトナムの伝統建築におけるリデザインやリブランディングの実績、事例をはじめポストコロナ後の建築やデザインのあり方などについて熱いプレゼンテーションが交わされました。

皆さんは「伝統と未来」と聞くと何が思い浮かびますか?文化やデザイン、形など目に見えるものが多いのではないでしょうか。もちろん、それらは伝統、未来と切っても切れない関係です。ですが、建築はじめモノ創りにおけるそれにはその時代の空気や匂い、技術、創り手の思い、希望、努力、葛藤…など様々な要素が含まれています。

また、最近では“サステナブル”や“SDGs”“環境問題”といった社会課題への配慮を盛り込み思考することも増えており、建築においては設計・施工・運用の各段階を通じた建築設計時における環境面、汎用性、持続可能性の配慮が重要視されています。

これは、これからの時代イノベーション(変革)を興しさえすれば良い、顧客を開拓しさえすれば良いという近代化が推し進めてきた「合理主義」や「ヒューマニズム」「進歩主義」「利便性」の追求が通用しなくなりつつあること、それ以前にそれが“社会の持続可能な発展のためにどの様に作用するのか”、“社会的課題をどの様な手法で解決に導くことができるのか”といったコンセプトや仕組みがモノ創りの柱になることを意味しているのではないでしょうか。

この社会課題への取り組みですが、何も今に始まったことではありません。今から遡ること200年以上前の建築にもサステナブルに通じる「環境建築」が採用されています。

そこで今回は、壮大な歴史ストーリー、過去へのオマージュが伝わる「リデザイン建築」をご紹介します。

■カンデオホテルズ京都烏丸六角(日本・京都)

2021年6月にオープンした「カンデオホテルズ京都烏丸六角」は京都市登録有形文化財である伝統的な町屋「旧伴家(ばんけ)住宅」をホテルとしてリデザイン。町家の中でも「旧伴家住宅」は、当時の趣を残す貴重な建物で、特に主室と次の間から成る座敷はともに面皮柱(めんかわばしら)を建て、面皮長押(めんかわなげし)をまわすなど数寄屋風に仕上げられており、また主室は床・棚・平書院を構え、棚の天袋・地袋の奥には池大雅(いけのたいが)の墨絵が張られているなど細部に渡り手を抜かず意匠としても優れています。その趣や魅力を最大限に生かすため、応接の間、ラウンジ、BARの畳空間はそのままに、元々あった中庭は保存し、1Fの応接の間から京町家の空間をくつろぎながら楽しめるよう細部に渡り工夫が施されています。

建物はレセプション棟、客室棟、大浴場棟の3つの棟で構成。特にレセプション棟にある応接の間、バー・ラウンジなどは基本的に畳空間を踏襲。応接の間には、京都出身の文人画家である池大雅(いけのたいが)の墨絵が描かれた襖に、和を連想させる白檀が香る玄関などでくつろぎの空間を創出。またバー空間には、格子窓から見える通り土間に配された吊り下げ照明が、お祭りで掲げられる提灯を眺めるような雰囲気を醸し出し、町屋に住む感覚を演出しています。

京都が一年で最も賑わう祇園祭の際には、ホテル正面に山鉾(浄妙山)が組み立てられるなど、身近に京都の歴史や空気を感じることができる貴重な体験型リデザイン建築です。

■旧桜宮公会堂(日本・大阪)

「旧桜宮公会堂」は、1935年に「明治天皇記念館」として建設され、戦後、1948年「桜宮公会堂」となりました。 竜山石(たつやまいし)造りの正面玄関は、1871年にイギリスの建築家、土木技師のトーマス・ウォートルス(Thomas James Waters)により建設された造幣寮(現、造幣局)の玄関を移築したもので、現存する近代建築としては日本で最も古い物の一つで国の重要文化財に指定されています。日本で最初期の本格的な西洋式の大工場群、鋳造場(ちゅうぞうじょ)のファサードでした。

因みにこのトーマス・ウォートルスですが大阪造幣寮の建築群をはじめ砂糖、紡績、洋紙などの各種洋式工場、竹橋陣営時計塔(たけばしじんえいとけいとう)、イギリス公使館の建設に従事、更には日本最初の煉瓦造りによる商店街として銀座赤れんが街を計画(赤れんが街に使う煉瓦製造のため日本初のホフマン式輪窯(わがま)が小菅(こすげ)村(現、東京都葛飾区小菅)に建設される)など幕末から明治初期の日本に最初に洋風建築を持ち込んだ重要な人物の一人です。

「桜宮公会堂」となって以降、図書館やユースアートギャラリーなど様々な用途を経て、2007(平成19)年に閉鎖されることとなります。重要文化財でありながら用途もなく放置され、古くなっていくだけの建築を救うため大阪市と民間企業により歴史的財産を有効活用プロジェクトが立ち上がることとなりました。

「歴史を感じさせる重厚感と様式美を生かしつつ、非常に現代的なデザイン感覚を取り入れた“新旧の融合”」というコンセプトのもと過去の改修工事によって覆い隠されていた装飾天井やステージ、大きなアーチ窓も78年前の竣工当時のものを復元するなどクラシック感と、新たに取り入れられた調度やデザインとのバランスを図りながら、「旧桜宮公会堂」として復活を遂げました。現在は、結婚式場というメモリアルな空間として多くの人の幸せなストーリーを作り続けています。

■ソルジャー・フィールド(アメリカ・シカゴ)

第一次世界大戦後、戦争で命を落とした人たちを偲ぶため慰霊碑や建築物が数多く建てられました。シカゴ市にあるグリーク・リバイバルのソルジャー・フィールド(1924年)もその一つです。1919年にホラバード・アンド・ロッシュが設計したこちらの建物は巨大なドーリア式のアーケードが特徴。1926年11月27日に開催された第29回アーミー・ネイビー・ゲームで正式オープンした後は1971年よりフットボールチームの「シカゴ・ベアーズ」の本拠地となりました。

2003年、シカゴを拠点とするローハン・キャプライル・ゲッシュ・アソシエイツと共同でウッド・アンド・ザパタによる改修が行われるも、実はこの改修については、今日に至るまで議論の的となっています。ついに2006年に国定歴史建造物の指定からも外されてしまいます。(ここでは、保護主義者とスポーツファン各々の考えがあるため…としておきます。)

さて、その改修内容ですが鉄筋コンクリートのシェルは残され内部には非対称の曲線を持つ鋼鉄とガラスによる設備が新たに作られた。また、西側には屋根のない座席、東側には屋内に豪華なボックス席が設けられるなど、旧式で狭苦しかった部分は取り壊すことで全体としての収容人数は減ったものの、観客席とフィールドの距離は近くなりライブ感のある空間へと生まれ変わらせることに成功しました。「レイクショアの見苦しきもの」や「アクロポリスの大惨事」などと批判的な意見もあるようですが、宇宙を感じさせる設計やデザインを擁護し高く評価する声も多くあります。その理由としては、設備が大幅に改修、更新されたことで、集客が増えチーム収入が増大、その結果シカゴ市への多大なる経済効果を生んでいるということが言えるでしょう。

由緒ある施設をファンと保護主義者両方を満足させ改修することの難しさは基より、このプロジェクトに携わった方々の努力や苦難が伝わってくるような素晴らしい建築物です。

◆出典元
https://www.candeohotels.com/ja/kyoto-rokkaku/
https://restaurant.novarese.jp/smk/
http://www.kenzai.or.jp/tanbou/240.html
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784808710828

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